メタバースの前におさえておきたい本(ゲームAI技術入門)
ゲームAI技術入門 ─ 広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ
- 三宅 陽一郎 (著)
- 発売日: 2019/9/30
最近「メタバース」という言葉をよく耳にするようになりました。
そんな中、たまたま情報処理学会誌の特集「メタバースがやってきた」の解説記事「メタバースの成立と未来ー新しい時間と空間の獲得へ向けてー(三宅陽一郎)」を読みました。
これによると、メタバースと SNS あるいはオンライン会議との違いの一つに「空間」があるか無いか、をあげています。
そこで思い出したのが今回取り上げる「ゲームAI技術入門」です。
タイトルに「ゲームAI」とあるので、ゲームの紹介や攻略本、あるいはゲームプログラミングといったゲーム畑の本と思われるかもしれませんが、そうではありません。
サブタイトルに「広大な人工知能の世界を体系的に学ぶ」とある通りの内容です。
具体的には、世界と知能の内面をつなぐエージェントアーキテクチャや環世界の考え方を中心に、現実の世界をモデリングするような様々なアプローチが解説されています。
第1章の最初には以下のように書かれています。
- 何もない空間、まったく変化のない時間の中で知能を作ることできません。環境があるから知性があり、知性があるから環境があります。環境と知性は相対的な関係があり、環境と身体の関係の複雑さに応じて知能が形成されます。知能の形はけっして絶対的なものではありません。
空間とか環境を含めた考え方は新しいものではないと思いますが、メタバースに限らず、今後ますます重要な概念になる気がします。
この本を読んでいると、ゲームを仮想的な世界のエクスペリエンスだと考えれば、AI技術にとって理想的な実験場のように感じました。
そしてゲームに使われるAI技術ということ以上の、メタバースにもつながる興味深い内容を沢山含んでいると思います。
ちなみに、この本の出版は2019年なので古い本ではないと思いますが、出版時点で(今でいう)メタバースという言葉の使い方は無かったため、この本にメタバースという言葉は出てきません。(それだけ急速に広まっている言葉という事でしょうか。)
<本の内容>
少し細かく目次を眺めてみると、かなり広範囲のトピックが取り上げられていることが分かります。
【目次】
- はじめに
- 第1章 ゲームの中の人工知能 ー ゲームの中で生きているキャラクターを作る
- ゲームAIの全体像
- ゲームAIの連携
- ゲーム世界に溶け込むAI
- シミュレーション
- シンボルと数値ダイナミクス
- 第2章 知能のしくみ
- 2つの世界 ー 外部世界と内面世界
- 内部循環インフォメーションフロー
- アーキテクチャ全体について
- C4アーキテクチャ
- 意識の理論
- 第3章 知識表現 - 世界を嚙み砕く
- キャラクターの認識とは何か
- センサの設計方法
- 位置検索システム
- 知識から感覚へ、感覚から知識へ
- 環世界へ
- エージェントアーキテクチャと環世界
- 第4章 記憶 - AIの内側の表現メモリ
- 記憶って何だろう?
- 記憶の構造とダイナミクス
- 記憶の形
- 記憶の論理階層構造
- 第5章 古典的な意思決定
- 反射型と非反射型の意思決定アルゴリズム
- ルールベースの意思決定
- ステートベースの意思決定
- ユーティリティベースの意思決定
- 第6章 現代風の意思決定
- ゴールベースの意思決定
- タスクベースの意思決定
- ビヘイビアベースの意思決定
- シミュレーションベースの意思決定
- 第7章 ナビゲーションAIと地形認識
- 生物と環境の関係
- 知識表現
- さまざまな世界表現
- パス検索
- 意思決定と世界表現
- 第8章 群衆AI
- マルチエージェント
- 群衆の作り方
- 街の群衆の作り方の実例
- 第9章 メタAI - ユーザーを楽しませるために
- 古典的メタAI
- 現代のメタAI
- 第10章 生態学的人工知能とキャラクターの身体性
- エージェントアーキテクチャの発展
- キャラクターの身体システム
- 多層レイヤシステムの実例
- キャラクターモーションシステムの発展
- 第11章 学習、進化、プロシージャル技術
- 学習/進化アルゴリズムのゲームへの応用の歴史
- 学習/進化アルゴリズムの実例
- プロシージャル技術
- 第12章 ゲーム開発の品質保証/デバッグにおける人工知能技術の応用
- ゲーム開発環境/デバッグ/品質保証における人工知能技術
- ゲーム開発工程(ゲーム開発者)を助けるAI
- ゲームサービスを支援するAI
- ゲーム品質保証のためのAI
ちなみに、エージェントといえば、記事『百科事典のようなAI技術の包括的な教科書(エージェントアプローチ 人工知能/AIMA:Artificial Intelligence: A Modern Approach)』で書いた有名な教科書(AIMA)があります。
AIMAは学術的で難しい内容も多く含んでいますが、この本では、詳細な技術的内容、数式、プログラムコード例はありません。そこではなく、現実世界の捉え方、ゲームへの応用などが分かりやすく解説されています。(実際には主題が異なるので内容も違うのですが。)
よって教科書というよりは読み物とか導入的な感じだと思いますが(読み物や導入以上の充実した内容だと思いますが)、きちんと裏付けとなる参考文献やリンクも書かれていますので、さらに深堀したいときにも有用です。
<感想>
私はこの本の初版が出版されたころ、たまたま本屋で見かけて立ち読みして、面白そうなので即購入しました。
私はゲームをやらないし、興味もなかったので、もしこの本がゲーム本コーナーに置いてあったら読むことは無かったと思います(笑)。
思うに、この本はゲームを楽しむ人のためというよりは、一歩進んだゲームを作りたい人や、今でいうメタバースのようなことに関わりたい人を含めて、AI技術の具体的な応用に興味がある人にとても響く本のような気がします。
本の中には実例として具体的なゲームのタイトルも出てきますが、ゲームを知らないと読めない本ではありません。むしろ現在のゲームの凄さがよくわかります。
メタバースの世界が具体的にどのような世界なのか私には想像できませんが、ビジネス面はさておき、技術面で見るとエンターテイメント性も含めて、多くのゲーム技術が役立ちそうな分野であることは間違いようです。
ところで、私がこの本をはじめて読んだ当時は(今で言う)メタバースはありませんでしたが、「Society 5.0」、「サイバーフィジカルシステム(CPS)」、「デジタルツイン」といった言葉と強い関連を感じてました。
メタバースでは、これらに加えて、ハプティクス、NFT(非代替性トークン)など、興味深い技術も関係しているようです。
つまり、メタバースという新しい一つの技術が登場しているのではなく、既存技術の組み合わせで新しい流れや概念を作るということだと理解しています。
これは「クラウド」という言葉が登場した時に感じたことでもあります。(クラウドという単一の技術は無いのと同じ感覚。)
技術の境界が取り除かれて、ある言葉(概念)のもとに、急速に様々なものが繋がってきていると感じます。
なんだか大変だなー、とも思えますが、それ以上に、クラウドと同じで、基本的な技術要素を押さえていれば、いろいろなものが繋がって、時代の流れを楽しめそうな気がしてます。
結局のところ、地道に精進といったところでしょうか。
(参考)
「メタバースの成立と未来ー新しい時間と空間の獲得へ向けてー(三宅陽一郎)」は、以下の情報処理学会誌の特集「メタバースがやってきた」にあります。
- 情報処理 2022年7月号 [プリント・レプリカ] Kindle版
- 情報処理学会 (著)
ところで、本記事を書く時になって気づいたのですが、ゲームAI技術入門の著者と上記解説記事の著者は同じ三宅陽一郎先生でした。
三宅先生は、人工知能学会のサイトにデジタルゲームの人工知能というコーナーを持たれています。
- 【記事更新】私のブックマーク「ディジタルゲームの人工知能(Artificial Intelligence in Digital Game)」
三宅先生の文章には熱いものを感じますし、この分野への深い情熱や愛?を感じます。
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